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腐海のほとりに佇んで    藤下真潮
第2回 志賀公江『ビーナスへの道』への道

 

 初出:「漫画の手帖 62号」 2011年12月10日発行

 

週刊マーガレット1973年52号 第1話 扉絵

集英社マーガレットコミックス
「ルルが風にのって」前編

集英社マーガレットレインボーコミックス
「未来から来たベレル」

 

 

 1974年のことである。
 1961年生まれの店主は当時13歳の中学生であった(当たり前である)。学校の健康診断で蓄膿症を宣告された私は、人口20万人ほどの中規模都市の駅前にある耳鼻科へと粛々と通うこととなった。その耳鼻科の待合室になぜか週刊マーガレットが置かれていた。
 羞恥心に関しては大学時代に黒いゴミ袋に放り込んでゴミ捨て場に捨ててしまった(今では信じられないかもしれないが、当時のゴミ袋は黒くて不透明で、可燃ごみと不燃ごみの区別すらなかった)ので、今ではすっかり厚顔無恥の性格に成り果てた店主であるが、当時はまだまだ純朴で紅顔な少年だった(筈である)。で、そのまだ13歳の純朴で紅顔な筈である少年が、人目のある待合室で少女マンガ雑誌なんて恥ずかしい物を手にとって読めるはずもないと思われるのだが、なぜかしっかり読んでしまったのである。
 これが店主にとって最初の少女マンガとの接近遭遇かといえば実はそうではない。そこら辺に関しては、いずれまた書く機会があると思うので割愛(いやそんな大した話があるわけでもないけれど)。

 毎度毎度前フリが長くて申し訳ない。ぶっちゃけ話を簡単に言えば、この耳鼻科の待合室で人目を気にしながらコソコソと読んだのが志賀公江「ビーナスへの道」だったのである。

 ここでまずは志賀公江「ビーナスへの道」の基本データ。
 掲載は集英社「週刊マーガレット」1973年52号〜1974年12号までの全10回、全207ページ(各話扉含む)。これが掲載されたのがどんな時期だったかといえば、「ビーナスへの道」新連載の号(1973年52号)には、池田理代子「ベルサイユのばら」最終回が掲載されていた、といえば一番わかり易いかも知れない。
 ちなみに志賀公江は、この時期たてつづけにSF作品を発表している。「ルルが風にのって」、「未来から来たレベル」、そして「ビーナスへの道」である。いわゆる志賀公江SF三部作(と私が勝手に呼んでいる)一つである。

 とりあえずかいつまんだ内容を紹介。35億年前に滅びた金星人の生き残りミラ博士と娘ビーナス(実はアンドロイド)は、ロッキー山脈中に吹雪で遭難した三郎を助ける。病ですでにボロボロの体だった三郎をミラ博士は改造を施す。恋に落ちたビーナスと三郎はロッキー山脈を脱出するが、すでに起き始めた地球規模の異常気象により離れ離れになってしまう。迫り来る氷河期! 三郎とビーナスに、そして人類に明日はあるのか!? てな感じです。
 一応あらすじ書いてみたけれど、37年前にそこまで把握していたわけではない。耳鼻科の待合室で読んだのはおそらく後半部分の半分くらいだと思われる。37年も昔のことなんでちょっとはっきりしない部分もあるけれど。だからビーナスと三郎の出会いの経緯とか、三郎がどうして改造人間?になったとかもその当時では把握していない。三郎に関してはビーナスと同じようにもともと人造人間であった勘違いして、なんで人造人間なのに”三郎”という名前なんだろう? ひょっとしてキカイダーみたいにイチローとかジローとかが居たんだろうかとか分けわかんないことを考えた。
 なぜこのマンガがそんなに気になったかといえば、それはおそらく最終話が自分の好みにあったとしか言えない。太陽のエネルギーで動くビーナスと三郎は、氷河期によるエネルギー不足で機能を停止する。そして1億年が経過。ふたたび目覚めた三郎の傍らにはビーナスが居る。人類もすでに滅び凍りついた大地の上で。ビーナスは自分の使命が人類の絶滅の記録を残すことだった事を語る。
 当時店主は、小松左京「果しなき流れの果に」とか、光瀬龍「たそがれに還る」とか、マンガあたりだと永井豪「デビルマン」なんかのやたらと壮大で、悲壮感と終末感漂うSFばっかり読んでいた。そんなタチの悪そうなガキの心の琴線にギンギンと共鳴してしまったに違いない。

 その後結局どうなったかといえば、「ビーナスへの道」は不完全な購読のまま記憶に埋もれていった。志賀公江のSF三部作も「ルルが風にのって」と「未来からきたベレル」の2作品は単行本化されたけれど、「ビーナスへの道」はついぞ単行本化されることがなかったので、読み返すためには当時の雑誌を集めるほかなかった。

 それから28年。何の因果か古本屋を始めた。開店当初はバラエティに飛んでいた扱いジャンルも段々と少女まんがに絞られ、しかも雑誌が商売の中心となる。そんなある日、「ビーナスへの道」が掲載されたマーガレットが店に入荷した。全10回のうちのたった1冊ではあったが、これで収集欲に火がついた。集め始めたは良いけれど何故かこの1974年初頭のマーガレットがなかなか入荷しない。結局集めだしてから最後の1冊となる1974年10号を仕入れ終えるまで実に7年近くの時間を費やしてしまった。

 でようやく集めた以下の10冊をちょっとだけ解説付きでご説明。

 その前に主要登場人物の説明。
ビーナス:ミラ博士により作られたアンドロイド(直接表現はないが機械式ではなく有機アンドロイド体らしい)
アルバート・ミラ:35億年前に滅びた金星の科学者(人間の格好はしているが、実は精神体) 
楠三郎:婚約者ブロンディ駆け落ち中にロッキー山脈で遭難。(ブロンディとは金目当てで婚約)
ブロンディ:三郎の婚約者(第1話で死んじゃうのであまり主要ではない)
シベラス:生き残りの金星人。肉体を持たない精神体。(地球も滅びかけているので木星に行こうと考えているが、一人じゃ寂しいのでビーナスにちょっかい出している)
ジョナサンとマリア:記憶を失ったビーナスを助けたふたりの幼い兄妹。

掲載はすべて週刊マーガレット。各話ページ数は扉含む。()内は個人的ツッコミ。

1973年52号 第1話24ページ
カナダ・ロッキー山脈 三郎・ブロンディ 駆け落ち 遭難
ブロンディ死亡 三郎、ミラ・ビーナス親子と出会う

1974年1号 第2話21ページ
吹雪のなかブロンディを探すが見つからない。
ビーナスは三郎の願いを叶えて欲しいとミラ博士に頼み込む。
ミラ博士は病でボロボロの三郎の身体を改造する。
さらにビーナスの記憶を消去するため肉体を一旦焼却。

1974年2・3合併号 第3話21ページ
ミラ博士、ビーナスの身体を焼却。人工頭脳を取り出して再構成。
ミラとシベラス シベラスがビーナスを欲しがるがミラ博士は拒否
争っているところに三郎現る。

1974年4・5合併号 第4話21ページ
ビーナスがエネルギーの接近を警告。カナダ北西部で地震発生。
三郎とビーナス、ロッキー山脈を脱出しヘリでバンクーバーへ。

1974年6・7合併号 第5話19ページ
バンクーバーは磁気嵐に包まれ、ヘリ墜落。
(磁気嵐でヘリは落ちないと思う)
ヘリから落下したビーナス、イヤリングを失う。記憶喪失となる。
(大事な記憶コントロールユニットをなんで外れやすいイヤリングにするのだろう)
ジョナサン、マリア二人の兄弟と出会う。
三郎、ブロディ誘拐の容疑で警察に追われる。

1974年8号 第6話21ページ
警察に追われ瀕死の三郎をシベラスが助ける。シベラス、三郎に金星滅亡のプロセスを語る。
それによれば水星、火星、金星、そして地球と30億年単位で惑星単位の滅亡が繰り返されているという。
(全部足すと90億年くらい経過しているけど、太陽系の成立年数を超えてないか?)
ビーナス、ジョナサンとマリアの家で一時の休息。

1974年9号 第7話22ページ(扉カラー)
ジョナサンとマリアの家にネズミの大群が襲う。ビーナス、無意識に目から光線を出しねずみを追い払う。
シベラス、ビーナスを救出。二人で地球を脱出し木星に行こうと説得。

1974年10号 第8話19ページ
カナダ・バンクーバー。押し寄せるねずみを焼き払うために街は炎に包まれる。

1974年11号 第9話20ページ
シベラス、ビーナスに一緒に木星に行こうと説得
ビーナス、三郎の呼びかけ(テレパシー)に感応して時空を超え3月のニューヨークへ移動。
シベラス・ミラ博士と対決。ミラ博士死亡。

1974年12号 第10話(最終回)19ページ
地球に氷河期が訪れる兆候が出始める。人々は南へと移動を始めた。
ビーナスを木星に連れていくことを諦めたシベラスは記憶コントロールのイヤリングをビーナスへ返す。
ビーナスと三郎ようやく出会う。しかし吹雪が続くなか太陽のエネルギーで動作するビーナスと三郎は身動きがとれなくなる。
やがて1億年が経過する。人類が絶滅した地上で、ビーナスと三郎だけが取り残されている。
ビーナスは人類の終焉と三郎との愛を記録し、ふたたび目覚めること無い長眠りにつく。

 以上まあこんな感じなわけです。さてここからが本題(えー!)。7年という期間と若干のお金をかけて、30ウン年後に再度読みなおした「ビーナスへの道」の感想はどうだったかといえば、実は「あれッ!?」という感じなのである。ここまで散々長い前フリしておいてそんな感想かよ、というなかれ。店主だって十分驚いているんだから。
 SFとしての設定が悪いとか科学考証がオカシイとかいう話ではない。SFとしての設定はそれほど悪くはないし、科学考証に関してもこの当時のものとしては合格ラインだと思う。問題は主要人物の動機づけが不十分なことだ。ビーナスに関していえば途中記憶を失うので状況に応じて右往左往するのはわかる。ただストーリーの主軸であるミラ博士が何を考えて行動しているのかがさっぱりわからない。ビーナスを作った目的は、自身の愛玩用なのか、最後に語られるように地球滅亡の記憶用か? ビーナスの肉体を一旦焼却した後に再構成したが何の必要があったのか。三郎に何らかの改造をしたが、どのような改造かが全く不明。またビーナスと三郎の関係に関しても、接触期間が短すぎて恋愛感情が芽生えているやらいないやら不明瞭。そんな感じで通して読むと全体的にストーリーの説得力がなく各エピソードも散漫な印象がする。
 志賀公江がSF描くの初めてかとか、SFが苦手なわけではない。最初に描いた「ルルは風にのって」や、「未来からきたベレル」は、SFとしても少女マンガとしても割かし面白くて評価できた。特に「未来からきたベレル」は、40世紀の未来からの捨て子という主人公の設定、ベレルというはぐれタイムパトロールという設定、主人公のバレリーナという立場(もちろん20世紀時点での)の確執とかが相まって、結構面白い作品に仕上がっていた。
 この当時の週刊マーガレット誌において連載がどのように依頼され、どのように終了が決定されたかはよく分からない。最初から10回くらいと連載を受けていたのか、それとも適当な回数を続けた段階で終了を告げられるのか。だから作家側も全体構想を作ってから連載を開始したのか、それとも走りながら考えたのか不明ではある。
 「ビーナスへの道」に関していえば、おそらく最初の設定でミラ博士の立場に迷いがでたのではないかと思う。あくまでも推測の域は出ませんが。夜も返してみれば、確かに単行本化は難しい連載だったかも知れない。少女マンガでのSF作品というのもまだそんなに受けが良くなかった時代のことですし。比較的出来が良いと思われた「未来からきたベレル」でさえ連載終了後3年以上経過してマーガレットレンボーコミックス(つまり発行部数少ない)からようやく刊行できたくらいだから。
 そんなわけで今回の結論は、”30ウン年も前の記憶というのは素晴らしく美化に磨きがかかるなぁ”である(なんじゃそりゃ)。ついでに恥ずかしさからコソコソと読んだ背徳感もスパイスに加わっていたのかも知れないが。

 おまけで「ルルは風にのって」と「未来からのベレル」の初出&単行本データです。

「ルルが風にのって」 初出:週刊マーガレット1972年9月3日号(36)〜1972年11月19日号(47) 全12回 全244ページ
単行本「ルルが風にのって 前編」集英社マーガレットコミックス 1973年8月発行
単行本「ルルが風にのって 後編」集英社マーガレットコミックス 1973年9月発行

「未来からきたベレル」 初出:週刊マーガレット1973年1月28日号(4/5)〜1973年3月25日号(13) 全9回 全188ページ
単行本「未来からきたベレル」創美社マーガレットレインボーコミックス1976年9月発行


 

 あとがき

 本文中にも書いたけど”30ウン年も前の記憶というのは素晴らしく美化に磨きがかかるなぁ”の言葉以外は何も出てこない(^^ゞ。子供の頃に読んだ作品の探求なんかそんなもんかも知れない。

 

 

 

 

 

東京都公安委員会許可第301020205392号 書籍商 代表者:藤下真潮