店主の雑文 バックナンバー 
トップページへもどる
腐海のほとりに佇んで    藤下真潮
「番外編 みやわき心太郎さんの銘」
初出:「漫画の手帖 TOKUMARU10」 2014年7月15日発行

 


 みやわきさんが亡くなってそろそろ3年半ほどが経過する。もうそんなに経っちゃったんだ。50の齢を過ぎてからの時間経過はとてつもないスピードに感じるなぁ。と言うのは全くもって余計な話である。

 亡くなる2年ほど前のことだったと思う。うちの店のお客さんで、宮脇さんのファンだというAさんから1冊の同人誌を頂いた。Aさん本人が発行した同人誌で、そこにはみやわきさんの作品に関する評論とともに自身で探求されたみやわき作品のリストが掲載されていた。そのリストにはかなりの作品数が網羅されていたが、既に雑誌から作品を切り抜いたものをベースに作成したらしく、残念なことに初出雑誌までは判るが初出年月日が不明なものが多かった。

 とりあえずリストを電子化して、みやわきさんに作品リストでも作りましょうかと相談した。作家本人がいるのだから、この作品リスト作成はすんなりと進むだろうと考えていたのだが、あにはからんや…実は難航した。なぜ難航したかといえば作家本人が既に掲載誌を保存しておらず(人にあげちゃってたらしい)、さらには作品描いた年月なんかの詳細は既に忘却の彼方であったからだ。結局みやわきさんが亡くなった後、リストは未完成のまま放置状態となった。

 それから1年半ほど経過した冬のコミティアで、飯田耕一郎氏にバッタリと出会った。最初は「レイプマン」の5巻目を探しているという話から始まり、色々あって飯田さんが作成していたリストと合体させることによりお互いのリストの抜けを穴埋めしようという事になった。それが約2年ほど前のことである。

 それから、それから、どうなったかというと、残念ながらリストの穴埋めは遅々として進まなかったのだ。多少の穴は埋まることは埋まったが、結局今更見つけにくい雑誌はなかなか見つからない。リストにはタイトル名と掲載雑誌は判明しているが初出年月日が判らない作品がうんざりするほど残された。

 今年の3月。古書市場にカーゴ1杯のビックコミック誌が出品された。カーゴ1杯で大体500冊位の量である。1970年台〜2000年にかけてで、珍しいことに増刊号が結構な量混じっていた。上の方に積まれていた数冊を手にとったところ、みやわきさんの作品が掲載されている増刊号があるではないか。基本少女マンガ専門店なのでジャンル外といえばジャンル外であるが、これは落札せねばなるまいとハリキッた。新し目の雑誌を熱心にやる業者はあまりいないので、そんなに高い値段にはならずに無事落札することが出来たが、問題はその量である。当店の実情を知っている方には理解してもらえると思うが、店内に500冊もの雑誌を保管するスペースは胸を張って言うけれど何処にもないのである。別に胸張っていう話でもないけれど、とにかくそういうことである。仕方がないので市場で3日がかりで、どうしたって商売にならないと思われる号を抜き、泣く泣く300冊ほどを廃棄した(プロなんだから泣くなよ)。あーモッタイナイ。

 話は余計な方向にずれた。それで結局そのビッグコミックの山の中からみやわきさんの作品が掲載された号を3冊発見した。

「もちや坂」 ビッグコミック1995年9月8日増刊号
「水の音」 ビッグコミック1996年5月8日増刊号
「アパート百万弗(ドル)」 ビッグコミック1999年9月3日増刊号

 これが血と汗と涙の結晶(オオゲサ!)の3作品である。要はこの3作品を紹介しようというのが今回の趣旨である。それにしては相変わらず自分でも呆れるくらい長い前振りである。

・「もちや坂」19ページ。
 とあるマンガ家の娘(多分高校生くらい)が通学のために新しい自転車を買って貰う。通学路にはもちや坂と呼ばれる急坂があって、そこでヤクザのようないかつい顔したサラリーマンと急坂登りのバトルを繰り広げるハメになるという小品。粗筋書くとなんだかなぁと思えるし、新人マンガ家がこのネームでもって編集部持込したら、おそらく間違いなく”一昨日おいで”と言われるようなストーリーである。でもみやわきさんが描くとそれなりに読める作品になっているのが凄いと思う。やっぱり構成力とかの問題なんでしょうか。

 とあるマンガ家の顔は直接出てこないが、着てる服(作務衣)とか言葉遣いなんかが、みやわきさん本人であることを伺わせる。またこのもちや坂という坂は埼玉県新座市の野寺小学校近く(ちなみにみやわきさん宅の近所でもある)に存在する。ただしこの坂は、公的にはもちや坂(餅屋坂)の名称ではなく団子坂と呼ばれている。ではなぜ作品タイトルが団子坂でなく餅屋坂なのかといえば、この坂には名称が2重に存在するから。かつてこの坂の下には餅屋が、坂の上には団子屋が存在したそうである。そのため坂を登る際にはこの坂を餅屋坂と呼び、坂を下る際には団子坂と呼んだようである。マンガの方は坂を登る話なので”もちや坂”なんですね。

 この作品はかつて宮脇さんと同人誌だそうという時に直接原稿で拝見した作品だった。当時はなんとなくピンとこなくて、結局「○界麻雀」選んだのだが、改めて読むと細部のこだわりようは相変わらずです。

 

・「水の音」46ページ
 とあるマンガ家が海辺でスケッチをしていると、波打ち際で”ゴポッ ゴポッ”という水の音が聞こえる。その音が遠い昔の子供時代の記憶がよみがえらせる。男の実家は関西の土建屋であった。まだ小学校の低学年だったマンガ家は多感な少年時代を土建屋の職人に囲まれて過ごしていた。そしてあるケンカに強くてカッコ良くてしかも優しいという、ある職人に憧れに近い思いを抱いていた。だがその職人は意外なことに飲み屋の女にあっけなく失恋し、睡眠薬をあおって自殺してしまう…。病院に担ぎ込まれるが既に手遅れ。取り付けられた呼吸器からは”ゴポッ ゴポッ”という音が聞こえる。

 回想が終わり最後はマンガ家のモノローグで締められている。”岩のある波打ち際で、あの音と似た音を聞くことがある。ボクの描く作品に強いだけのヒーローが出てこれないのは、あの体験が影響しているのかもしれない。最近は失恋で死ぬ人の話を聞かない。”

 飯田耕一郎さんに確認したところ、みやわきさんの実家は神戸で土建屋を営んでいたそうである。この話がどこまで実話を含んでいるかは、みやわきさんが亡くなった今では確認しようがない。みやわきさんの生前にこの作品を読んどいて、色々と昔のこととか聞いてみたかったなぁ。

 

・「アパート百万弗(ドル)」42ページ
 昭和40年代中盤、貸本マンガ業界が衰退し、実力のあるマンガ家はこぞって雑誌に連載を持つようになった頃である。とあるマンガ家(こればっかり(笑))も雑誌に連載を持ち始め、ようやくお金に余裕ができたことから6年間過ごした3畳間を脱出し、新たに6畳間のアパートに引っ越しを行った。

 そのアパートは元々力道山も通ったというキャバレーで、それを細かく区切って無理やりアパートに仕立てた建物。風呂なし共同トイレ、隣の部屋からは写植タイプの音が聞こえるベニヤ板2枚で仕切られた安普請。
 隣人達は、週末だけ泊まりに来て連れ込み宿代わりに部屋を使用する不倫カップル、部屋の鍵をあけられないほど酔っ払うアル中のオヤジ、大声でひとつのセリフを練習する役者、盗癖のある少女、タイプ写植の仕事をしながらヤクザに囲われている女、パチンコ屋の店員をしている女。このアパートには、まるで人生の底辺の縮図のような人間が集まっている。

 やがてアル中のオヤジは吐瀉物を喉につまらせて死に、盗癖のある少女は引っ越しし、不倫カップルの女は男に捨てられ、ヤクザに囲われた女には子どもが生まれる。

 一貫した太いストーリーがある作品ではない。隣人達の人生模様との関わりあいをコマ切れに、しかし実に丁寧に描いている。細部にこだわるみやわきさんの本領が発揮された作品である。

 ちなみに店主はこのみやわきさんの細部へのこだわり描写が好きである。この作品の中で言えば、部屋の壁に貼ってあったピンナップがちゃんと高橋真琴の絵になっていたりする部分とか(笑)。でもたまに失敗もある。出てくるパチンコ台が手動打ちではなくて電動打ちの台になっている。電動台の普及は1975年以降なので、ちょっとだけ早すぎる。きちんと調べて描くみやわきさんもたまにこういう失敗はある。もしみやわきさんが生きていれば、この作品を見せて”へへっ ここミスってますよ”という会話をしたかもしれない。

 この作品もどれだけ実話かはよくわからない。ただみやわきさんが亡くなっていても、それほど古い話ではないのでまわりの人間に確認すれば、もう少しココらへんの事情がわかるかもしれない。しかし今のところそこまで突っ込んで調べてはいない。手抜きというよりはちょっとそこまでしている時間がなかったのですみません。

 飯田耕一郎さんによればこのアパートは東京中野に実際にあったようで、みやわきさんは随分と長いことこのアパートで暮らしていたらしい。また作中のエピソードの細部を考えれば恐らく殆どが実際にあった出来事なのではないかと勝手に考えている。

 作品の最後のモノローグ。”そこには他の部屋にない何かがあってまぶしかった………結局ここに22年住んだ”

 引っ越してきたのが『リイドコミック』や『ジュニア文芸』などへの連載をしていた時期と考えれば1970年頃である。22年間住んだとすれば1992年まで。実に長いこと住んでいたものだ。

 誰にでもベル・エポックと呼べるような時期がある。安普請でプライベートもないようなアパートでの暮らしだったのだろうが、この22年間はみやわきさんにとってそれこそ100万ドルの価値がある時期だったのだろう。

 どの作品もエンタテイメントの観点から言えば難があると思う。けれど「水の音」で描かれた、カッコよくて強くて優しいヒーローのような人間にもある弱み、「アパート百万弗」に於ける市井の人の生き様の暖かく丁寧な描写。これらは、みやわきさんの作品世界の土台を物語る重要な作品だと思う。

 でもこんな話を生前にしていたら、みやわきさんはニコニコしながら”さよかー!”と言って軽く私をあしらったかもしれない。

 

 

 

 あとがき:この文章書いてから2年半になりますが、今回ようやくこの作品を電子化することが出来ました。

 マンガ図書館Z:みやわき心太郎「みやわき心太郎未収録作品集」
https://www.mangaz.com/book/detail/139721

 マンガ図書館Z:みやわき心太郎「わたしの愛するおばかさん」
https://www.mangaz.com/book/detail/139731

 この公開をきっかけにみやわき心太郎氏への更なる評価がされることを切に願います。

 

 

東京都公安委員会許可第301020205392号 書籍商 代表者:藤下真潮