店主の雑文

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腐海のほとりに佇んで    藤下真潮
錆びた自転車の車輪を眺めながら  第3回 菅原雅雪「暁星記」
初出:「漫画の手帖 」 

 前編:

 今回は毎度恒例つまんない脱線ギャグをやってる余裕はありません(誰も期待していないんだから脱線しなきゃ良いのにと我ながら思うんですがね)。そんなわけで(だからどんなわけなんだ)今回は菅原雅雪「暁星記」です。
 なんで脱線する余裕が無いかと言えば、実は簡単に書けるだろうと見くびっていた著者プロフィールで思いっきりコケてしまったからなんです。実はデビュー作すら判らないという体たらくなんです(泣)。
・91年夏アフタヌーン四季賞準入選「ホームレンジ」
 今の今まで菅原雅雪のデビュー作はコレだろうと思い込んでいたら、実は全然違うということに気がついた(汗)。ウィキペディアの【菅原雅雪】の記事をよく見ると『91年アフタヌーン四季賞準入選』と確かに書いてあるがデビュー作だとはどこにも書いていない。
 では、菅原雅雪の電子書籍を販売している講談社コミックプラスのサイトではどのように紹介されているかというと…
「北海道愛別町出身。61年生まれ。91年、『ホームレンジ』で四季賞に準入選。94年、『春ゆく鳥』(モーニング)でデビュー。93〜96年、『牛のおっぱい』(モーニング)を連載。99年より『暁星記』の連載をモーニングでスタートさせる。他の作品に『タロのいちんち』『蕗(フキ)のお便り』がある。」と書かれている。
 要は94年モーニング掲載「春ゆく鳥」がデビュー作となっているわけです。でもこれで良かった良かったとはならない(汗)。93年12月に「牛のおっぱい」を連載開始している作者のデビュー作が94年発表の「春ゆく鳥」のはずがないのである。しかも色々調べていくうちに「春ゆく鳥」の正確なタイトルはどうやら「春行く、鳥」のようなんです。講談社系サイトなのに情報不正確である。困ったサイトである。
 今度は漫画情報サイト漫画SEEKからの情報。「高卒後スーパー、デザイン会社に勤め、合い間に漫画を描く。90年コミック誌懸賞に応募した2作目「オホーツク物語」が【90年前期コミックオープン大賞】を受賞、91年から漫画家として独立。「母樹」「春ゆく鳥」など北海道を舞台にした作品を描く」とある。更に別項目の受賞歴に【ちばてつや賞(第17回)〔90年〕】とも記載されている。
 【コミックオープン大賞】というのは、モーニング主催のちばてつや賞一般部門と同じものなので、これでデビュー作は「オホーツク物語」で決定だろうと思ったら、実はまだまだ甘かった(汗)。
 【ちばてつや賞】第17回は87年の開催であって90年ではない。では90年のちばてつや賞はどうだったかというと実はデータが無いのである。少なくてもウィキペディアの【ちばてつや賞】の記事には菅原雅雪の名前も「オホーツク物語」のタイトル名も記載がない、ついでに89年〜91年の【ちばてつや賞】のデータがかなり曖昧で開催されたかどうかすらはっきりしない。やれやれ(汗)。
 更にもう少しインターネットで根掘り葉掘りしていると「星影麦酒園」という作品も出て来た。でも掲載年なんかはやっぱりはっきりしない。困ったもんだ(大汗)。
 相変わらずの泥縄執筆で本当に申し訳ない(でも反省はしない)。以下は現状判明しているとりあえずのプロフィールと超暫定版作品リストです(滝汗)。

 菅原雅雪プロフィール:北海道愛別町出身。1961年生まれ。高卒後スーパー、デザイン会社に勤め、合い間に漫画を描く。2作目の投稿作「オホーツク物語」が【ちばてつや賞】受賞。
 作品リスト:
「オホーツク物語」掲載年不明(87年もしくは90年)掲載誌不明(モーニングの可能性高い)
「母樹」 掲載年不明・掲載誌不明
「星影麦酒園」 掲載年不明・掲載誌不明
「春ゆく鳥」 (タイトルは「春行く、鳥」の可能性あり) 掲載年不明・掲載誌不明
「ホームレンジ」 アフタヌーン四季賞91年夏準入選 掲載不明
「牛のおっぱい」 モーニング93年51号〜96年52号
「タロのいちんち」 モーニング95年30号〜97年36・37合併号
「暁星記」(単行本描き下ろしがあるので巻ごとに記載)
 1巻 02年10月刊 99年モーニング20〜30号
 2巻 02年10月刊 99年モーニング31 02年24〜30号
 3巻 03年2月刊  02年31〜36・37合併号
 4巻 03年12月刊 03年40〜49号
 5巻 05年7月刊 別冊モーニング04年1号〜4号 05年5号
 6巻 06年7月刊 単行本描き下ろし
 7巻 07年5月刊 単行本描き下ろし
 8巻 08年10月刊 単行本描き下ろし
「蕗のお便り」モーニング02年20〜23号、38号〜04年28号
「光の王国」全2巻 12年6月 講談社 電子書籍版のみ
「舞う竜の記憶」  14年11月 コルクHP上で電子版と紙版販売

 何だか不明ばっかりで申し訳ない。現時点で判明している作品は長短併せて一応11作品。慌てて探した結果だから、きちんと調べればもう少し未発見があるかもしれない(爆汗)。
 店主は菅原雅雪作品を「牛のおっぱい」から読み始めました。それ以前からモーニングは読んでいるので、ひょっとしたらそれ以前の短編も読んでいる可能性はあるのですが、残念なことに記憶がありません。
 「牛のおっぱい」という作品は蹄耕法という牧場づくりをメインテーマに据えた北海道の酪農農家のお話です。1巻目辺りまでは勘当くらったダメ男が親父が死んだあとに帰ってきて一悶着起こすような感じのありがちな話だったんですが、回を追うごとに主役のダメ男がなかなか良い味出すようになって後半ほど面白くなります。当時リアルタイムで読んで単行本もきっちり買っておりました。
 旭川にある斉藤牧場という酪農家をモデルにしたということは、あとで知りました。店主はこの方面にはちょっと疎いので、変に解説するよりは単行本読んでもらったほうが良いかと。絵柄は結構細密ながらトーンは一切使わずちょっと素朴な感じがとても良いです。
 店主が古本屋になってから、4回ほどこの単行本の全5巻セットを売った記憶があります。そのうち2件ほど酪農関係と思われるところから注文が来て、へ〜!と思ったことがありました。
 次の連載が「タロのいちんち」。「牛のおっぱい」の合間に描かれたスピンアウトの四コマ漫画です。「牛のおっぱい」の主人公は出てこなくて、主役は【タロ】という名のセントバーナード犬。
 さて次がようやく本題の「暁星記」である。ようやく本題にたどり着いたところで紙数がつきた(笑)(紙数で数えるほどページ数無いけどね)。つーことで編集Fさん、今回は前後編ということでひとつよろしくお願いいたします(事後承諾にも程がある)。
 次回はサクサク「暁星記」のことを書き始めるつもりなんですが、何だか前後編でも収まらないような気がするんですがドウしましょ(汗)

 後編:

 さあ今回こそはサクサクと始めよう、とにかく肝心の「暁星記」です。まあ説明はいらないと思うけど念のため。暁星とは暁の明星つまり金星のことです。作品の舞台はテラフォーミングにより人類が生存可能になってから1万年が経過した金星。人類と書いたけど正当な人類種なのか遺伝子的に改良された種かは作中よくわかりません。形成されている集落の文化程度は日本の縄文から弥生時代に近い雰囲気で、表面的な文化はある種牧歌的ですが、周囲の環境(植物相)に関して言えば特殊というよりは異形でです。樹高2千メートルを超える巨大な樹木が生い茂り、人類は樹冠部に村落を形成しほそぼそと生息している。動物相もまた異形で哺乳類こそ通常サイズだけど鳥類、爬虫類、節足動物、昆虫類などは巨大化して人間の生息を脅かす存在となっている。これが基本設定。
 次に舞台背景。金星全体の状況は不明だが、物語の主要舞台では樹冠部上の村落が東西南北の四が一というエリアに分割している。他に村落を追放された八分者が集まった八部衆、森の底に存在する泥の民と呼ばれる種族、定住せずに巨大な鳥と共生する鳥飼の一族、おなじく定住せずに村を渡り歩く芸人衆などが存在する。
 では登場人物紹介。
ヒルコ:本作の主人公。獅子猛者(シシザルを倒したものの意味)と呼ばれる青年。霊を視る事ができる。ナズナの姉ミズキと馳雄の間に生まれた子供。8歳ころまで母親の霊とともに一人で生き延び、その後大爺に拾われた。大爺を父のように、またナズナを母か姉のように敬愛していた。死んだ大爺の霊を混沌に返すため、地獄(森の底)へと降りることになる。
マユミ:ヒルコの幼馴染。ヒルコのことが好きだが、同じ村の男女は結婚できないしきたりに悩む。
大爺:スズシロ村の長老。拾ってきたヒルコのことを息子のように思っている。霊を視る能力がある。(基本的に長老職は霊視の能力が必要とされる)
サカキ:スズシロ村の親方格。他村に嫁いだナズナを愛していた。スズシロ村壊滅後に南四が一全体をまとめようとする。
ナズナ:もともとはスズシロ村の出身。サカキを愛していたが村の掟に従ってオチボ村へと嫁いだ。イナンナ(悪霊)に憑依される
ゲンゲ:ヒルコの友人。地獄(森の底辺部)への探索にヒルコとともに行動する。
シシザル:大柄な類人猿。人間を上回る身体能力を持つ。
大?:人類であるが通常種と違い体格が大きく凶暴。
精霊:霊的存在で実体を持たず、シシザルなどの動物に憑依することができる。関わったものは破滅を招くとされ、金星の民からは忌避されている。ヒルコをある目的のため地獄(森の底)に行かせようと画策する。
馳雄:近親交配を防ぐため管理者側が送り込んだ交配用の種族。凶暴性があるため後に排除されたが一部生き残りがいた。管理者側からはブレンダーと呼ばれている。本来名称的には種族名だが作中ではヒルコの父親として固有名詞扱いとなる。
ロウエル:金星の管理業務を行う管理人。金星上のハイタワーに一人住む。地球の芸術的資産に興味があったが職務上の問題で金星管理人に左遷された。着任して50年が経過している。下界のことにはあまり興味がない。
ラダガスト:ロウエルの身の回りの世話をするオペレーション・ロボットと呼ばれるアンドロイド体。感情はないが思考能力は備えている。
ガンダルフ:下界の探査用アンドロイド。自律動作も可能だがロウエルがシンクロして下界探査に用いる。
イナンナ:1万年前の地球にいた女性。生前は医者であった。金星のテラフォーミングの際に数十億人の人類が有機肥料代わりに惨殺された怨嗟を一身に背負い悪霊化した霊魂。
シャーマン:ロウエルの前任管理者。50年前に突如泥の民の殺戮を開始した。その後行方不明となるが変形菌を模したヤドリダケとよばれるマイクロマシンで人々を支配しようと画策する。
モリヤ:酒造方法や製鉄技術を泥の民に教えたりと人類と積極的に交流していた管理者。泥の民から天上人として崇められた。シャーマンより更に前の管理者で500年前に死亡した。
アール:モリヤ用のオペレーションロボット。奈落においてゲンゲの行動を助ける。
シバ:村落を追放されていたところをヒルコに助けられた青年。ヒルコを神のように崇めている。工芸の才能に秀でていて、スズシロ村陥落後に野乃子から憑り代の地球の制作を依頼される。
野乃子:1万年前の東京に住んでいた少女の霊。
写し身の巨人:名は創世神話から取られた(大地の神を写したの意味)が、実態はテラフォーミング用巨大ロボット。大気や土壌改良するための圧縮レーザー、ハンマードリルなどを装備する。
 単行本は全8巻である。刊行情報とともに粗筋を紹介していく。
第1巻 2002年10月刊行 初出モーニング99年20〜30号
 第1部:はじまりの森 1話〜10話
 ヒルコが年少者たちの成人儀式のための狩猟を行っていいると突然シシザルの集団に襲われる。襲撃はなんとか防ぐことが出来たが、シシザルのボスには精霊が取り憑いており、ヒルコが近い将来一人で地獄(森の底)に降りるだろうと告げられる。
 成人儀式を無事完了し、ヒルコたちが村へと帰還する途中で更に八分衆とオチボ村の集団から襲撃を受ける。
第2巻 2002年10月 初出:モーニング99年31号、02年24〜30号
 第1部:はじまりの森 11話
 ヒルコは八分衆とオチボ村の集団を撃退するが、再び精霊が憑依したシシザルが現れる。そしてヒルコが思慕していたナズナという女が嫁いだ先のオチボ村から既に追放されていたことを知る。
 ここまでが第一部。初出を見てもらうとわかるが、第2部が再開するまでに3年弱ほどのブランクが有る。この間何があったかは分からないが作者ブログなどから判断して病気療養だった可能性がある。
 第2部 奈落 1話〜7話
 ナズナが3年も前に追放されていたことを知ったヒルコは、探索のために村を出ると言いだす。長老会が開かれヒルコへの対応が協議され、そこでヒルコの出生の秘密が明かされる。長老会ではヒルコは追放せずに一年間の探索の猶予が与えられる。
 ヒルコはナズナの情報を集めるためサカキとともに南四が一の市場へと向かう。しかしヒルコの留守を狙ったように、八分衆、オチボ村、さらに大?等を加えた集団によってスズシロ村が襲撃される。
第3巻 2003年2月刊 初出:モーニング02年31〜36・37合併号
 第2部 奈落 8話〜13話
 スズシロ村は焼き払われ、マユミ等女性たちは略奪され、大爺は精霊に憑依された大?に森の底へと投げ落とされてしまう。
 一方南四が一の市場ではニワツクリと呼ばれる巨大な蜘蛛が現れ大混乱に陥る。ニワツクリをようやく倒したヒルコは精霊から大爺が死んだことを告げられる。そして精霊は大爺の霊を救済するためにはヒルコが地獄(森の底)に行くしか無いと唆す。
 サカキはスズシロ村が陥落した今は南四が一全体でまとまってオチボ村に対抗する必要があるとヒルコに説くが、ヒルコは大爺の霊を救済しないまま放置することは出来ないとつっぱね、地獄(森の底)行きを決意する。そんなヒルコを一人にできないと友人のゲンゲもまたヒルコに同行する。
第4巻 2003年12月刊 初出:モーニング03年40〜49号
 第3部:腐食 1話〜10話
 森の底へ向かうヒルコをガンダルフ(監視用アンドロイド)が重要人物と認識する。ハイタワーにすむ管理人ロウエルはその報告に興味を持ち、ガンダルフにシンクロしヒルコ等を追跡し始める。
 落人の村に逃げ延びていたナズナにイナンナが接触。この世界の真実を教えてあげると過去のビジョンを見せつけられる。
 1万年前地球は深層海流の熱循環が停止してしまい、大地は凍りつき死に絶えようとしていた。政府という機能は消滅し22世紀末に出現した超人たちが作った統合管理機能により支配されていた。統合管理機構は超人以外の数十億の人類を救助と称しコンテナに詰め込んで焼き殺し、その灰を肥料として金星にバラ撒いたのだった。医者としてコンテナに乗り込んでいたイナンナは虐殺された人類の怨嗟すべてを飲み込み悪霊と化した。そしてナズナにこの呪われた世界を一緒に終わらせようと唆し憑依する。
 3巻までファンタジー寄りの異世界物だったストーリーがここからハードSFへと変化する。
第5巻 2005年7月刊 初出:別冊モーニング04年1号〜4号、05年5号
 第4部:死闘 1話〜6話
 イナンナに憑依されたナズナは大?の群れを操りオチボ村を襲撃し住民を根絶やしにする。
 ヒルコは道中、馳雄と出会うが死闘の末にヒルコは森の底へと落下してしまう。そこで再び精霊に会いイナンナを操る黒幕が森の底にいることを知らされる。
 スズシロ村陥落の際に芸人衆に助けられ北四が一に落ち着いたシバは、野乃子という少女の霊に出会いイナンナの暴走に対抗するため、憑り代としての地球の制作を依頼される。
 この巻で掲載誌が週刊モーニングから別冊モーニングへと移る。移った理由が単に人気の問題か作者が週刊連載を続けるのがむずかしくなったかどちらかは判然としない。
 ちなみに別冊モーニングは季刊で、5号で休刊した。5巻の作品は巻末初出では1〜5号となっているが収録話数は6話ある。初出表記がおかしいのか1話分が描き下ろしなのか不明。
巻末に次回描き下ろしで6巻が2006年春に刊行される旨予告が掲載。
第6巻 2006年7月刊行 描き下ろし
 第5部:地獄変 1話〜5話
 瀕死のヒルコは泥の民と呼ばれる種族に助けられる。
 泥の民の種族は50年前に突如現れたオニと呼ばれるものにより虐殺された。やがてオニは他のオニによって駆逐されたが、代わりにヤドリタケと呼ばれる変形菌に取り憑かれた人々の群れに襲われるようになり壊滅状態にあった。
 ヒルコは人々をヤドリタケで操っているのがオニであり、まだ隠れ潜んでいるないかと考え、黒の塔を目指そうとする。
 自ら殺めたものの死霊が渦巻く沼の上で、ヒルコは再び精霊に出会う。精霊はヒルコに霊を混沌に導き救済するための魂の門になれと告げる。
 6巻は5巻からちょうど1年後の刊行。雑誌掲載はなくすべて描き下ろしとなる。巻末には2007年夏刊行の第7巻で完結するとの予告がある。
第7巻 2007年5月 描き下ろし 
 第6部:煉獄 1話〜4話
 ヒルコを追って森の底にたどり着いたゲンゲは、ハネナシ鳥に導かれ黒の塔のひとつにたどり着く。そこにはアールと呼ばれるオペレーションロボットと写し身の巨人がいた。
 北四が一で地球を作るシバに野乃子の霊が地球で起きた惨劇の一部を視せ、怖いおばちゃん(イナンナ)が来る前に地球を作り上げてと懇願する。
 オチボ村では、ナズナ(イナンナ)がヤドリタケを介して人々を操り他の村の殺戮を開始する。 イナンナは次々と霊を取り込み肥大化し続ける。
 マユミは鳥飼の一族とともにヒルコを探しに森の底へとたどり着く。
 一方ヒルコは黒い塔へと辿り着きそこでモリヤの霊と出会う。またロウエルもヤドリタケの制御信号を追って黒い塔に着きヒルコたちと出会う。
 そしてついにシャーマンが操る写し身の巨人が出現する。ヒルコはモリヤから渡されたプレッシャーブレイド(指向性超低周波ナイフ)を手に取り、写し身の巨人へと立ち向かう
 7巻刊行は2007年5月で夏の予定よりちょっと早まった。しかし7巻では結局完結せず、巻末には『暁星記』完結編2007年冬発売予定と書かれている。2007年冬ということは年末12月には発売する予定だったらしい。
第8巻 2008年10月 描き下ろし 
 第7部:果てなき旅 1話〜4話
 予定より8ヶ月ほど遅れた最終巻となった。店主はもう刊行されないんじゃないかとハラハラした覚えがあります。
 この巻に関してはネタバレになるので粗筋を描くのは控えます。
 樹冠部では人々を殺戮し続け巨大な悪霊の塊となるイナンナ。森の底ではシャーマンの操る写し身の巨人が暴れまわり、やがて馳雄もロウエルを追って森の底にたどり着く。
 シバの作る「地球」は人々の魂を救うことが出来るのか、ヒルコは写し身の巨人、馳雄を倒すことが出来るのか。そして精霊の真の目的は何なのか。
 偽りの星に訪れる、本物の終焉。(最後の一文だけ8巻帯文から借用)
 登場人物と粗筋書いたところで予定字数に達しちゃいました(というより既にかなりオーバーしている(汗))。これでも結構、登場人物や末節の筋なんかを端折ったんですけどね(汗)。それだけ絡みが複雑でややこしい話といえます。特に後半は場面転換も激しく、筋を追うのが大変です。粗っぽい筋書きになっちゃんたんで、ちゃんとこの作品のストーリーと面白さを伝えられたかどうかかなり不安です。
 まさか本当に前後編で終わらないとは思わなかった(汗)。書いてる途中までは後編で終わらせるつもりだったんですよ(本当なのよ、信じてね)。まあ、でも仕方がないので次回完結編に続きます〜。パチパチ〜(パチパチじゃねーよ)。

 完結編:

腐海のほとりに佇んで 錆びた自転車の車輪を眺めながら 第3回 菅原雅雪「暁星記」 完結編

 前号では「漫画の手帖」の貴重な紙面を3ページも使いながら完結することが出来なかったという大失態を犯しました。これはもうマリアナ海溝よりも深くお詫びしたい所存なんですが、10kmも潜ったら水圧でどうなっちゃうんだろうなんて考えていると原稿がちっとも進みません。
 あんまり脱線ばかりして原稿遅らせたりすると神楽坂方面(隠し編集部がある)からなにか怖いものが飛んでくるかもしれませんので、今回は少し真面目に書きましょう。

 さて1999年春にスタートして、2008年10月に単行本描き下ろしでようやく完結した「暁星記」。読んだ感想はどうだったかと云うと…、7巻までは最高だったんだけど8巻でアレっ?が一読後の感想である。何が気になったかといえば主人公のヒルコが全然活躍しないのよ(泣)。最後の最後まで主体的に動かずに状況に振り回されて行動しているように感じた。テーマ的にも主人公はヒルコなのか精霊なのかわからなくなってしまった。作品のテーマが人類の外惑星に対する播種であるならば、精霊がヒルコに対して期待する具体的役割が見えてこない。
 これは自分が何かを読み損なっているんじゃないか。そういう疑念も沸き起こるのだが、結局よくわからなかったというのが正直なところだ。
 7巻までは100点満点、8巻完結で80点という個人評価だが、これは私自身がこの作品にエンターテインメント性を求めすぎていたせいではないのかなという気がしてしまう。
 マンガは作品であるべきか商品であるべきかという議論がある(特に書き手側にとって)。その議論に対してかつてみやわき心太郎さんが「漫画は50%が作品、50%が商品。作品として完璧でも、読者に商品として認められなければ100%とは言えない」と話していた(直接聞いたわけではなく伝聞です)。もちろん50%50%と切りよくなければならないわけではないだろう。作品によって作者によってどういう比率をよしとするかは当然違う。「暁星記」の比率はどうだったんだろう。無責任な言い方になるが、未だによくわからない。
 2012年6月。講談社から「光の王国」全2巻が電子書籍として刊行された。単行本描き下ろしで、紙版なしの電子書籍のみでの刊行であった。これほど出版社側のリスクがない作品も少ないだろう(単行本描き下ろしの場合は印税だけで原稿料は出ないのが普通)。
 出版社が書いたあらすじはこんな感じです。
”突然、世界の夜空から闇が消え、星々で塗りつぶされたようにきらめいた。札幌に住む宇宙が好きな少年・ワタルは、夢でガラスのピラミッドのイメージを見る。彼は虐待を受けていたが家を脱出、幼なじみの少女やホームレスの青年と共にガラスのピラミッドのオブジェがあるモエレ沼公園に向かう。公園には同じイメージを見た人々が集まっていた。やがて飛来した宇宙船から、奇妙な形態の生命体が降り立つ。”
 地球外文明とのファーストコンタクトとそれに伴う異文化の受容という、SFでは定番のテーマではあるけれど、やや宇宙人寄りの視点での異文明接触描写とちょっと甘めのボーイ・ミーツ・ガールの要素が盛り込んであって個人的にはかなりお気に入りでした。
 ただし理系でもちょっと避けるような宇宙論とか素粒子論が本当に必要だったのかそこら辺がも一つ分からない。そういった硬めの要素を削除してもストーリーは成立するだろうし、一般の読者受けは良かろうかとも思った(本コラムの趣旨とは逆ですがね)。
 電子書籍のみの刊行であったが、2012年といえば、まだ出版社による電子書籍も始まったばかりだし、作者にとっても描き下ろしというのがペース的に良いのかななどど呑気なことを考えていた。

 2014年12月8日、NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」という番組を視た。佐渡島康平という講談社から独立して会社を興したマンガ編集者の回だった。ぼんやりと見ていたらマンガ持ち込みの中年男性が出てきて驚いた。菅原雅雪であった。100ページ位の恐竜を描いた作品をどの出版社に持ち込んでも雑誌とのテーストが合わないと断られたとのことだった。作品と雑誌のテーストの不一致という話は珍しいことではないが、菅原雅雪ほどのキャリアのある作家がそんな事態に陥るなどとは思ってもみなかった。その作品は結局、佐渡島康平のコルクという会社が配信するとのことであった。
 それが「舞う竜の記憶」という作品である。で、すぐさまその作品を買いに走ったかといえば実はそうはならなかった(汗)。電子版と同時に限定で紙版も販売されるという情報は掴んでいた。なのになぜ自分はすぐに購入しなかったのか。実はこれに関する記憶がすごく曖昧なのだ。あとから推測するに、この時期非常に仕事上ドタバタしていて、一時保留しているうちに買い忘れ、生来の健忘症によりすっかり忘れてしまった可能性がある(泣)。
 今回この記事を書こうと考えた2017年になって再度調べたら紙版はおろか電子書籍版ですらどこにも販売されていないという驚愕の事実が判明した。アマゾンなんかでもかつて販売していたような痕跡は残っているが購入は不可能という状況であった。一体何がどうしてどうなっちゃったんだろう。
 さすがに最新作も読まずに原稿書くわけにもいかないのでどうしたもんだろうなと逡巡して、もうダメ元で作者に直接聞いてみようと思い立った。「紙版電子版どちらでも構いませんので購入できるサイトをご紹介いただけないでしょうか」とネット経由で尋ねてみると、あるURLを教えてくれた。作品を直接閲覧できるURLだった。
 そうしてようやく「舞う竜の記憶」を読むことができた。実のところ最初は所十三「DINO2」のような単に恐竜を主人公にしたマンガだと思っていたのだが、その予想を遥かに凌駕する作品だった。
 6550万年前の地球に異星人がやってくる。寄生タイプの宇宙人は、今までの老化した宿主の代わりとなる新たな強い宿主を探していた。そこに目をつけたのが当時の地球で繁栄していた恐竜だった。まず強襲部隊の軍属がティラノサウルスへの適合テストを行った。そこで悲劇が起こった。強烈な野生本能に寄生種側が翻弄されてしまったのだ。やがて新たな宿主を得たグループと旧タイプのグループとに分裂し宇宙船内での迫撃戦にまでエスカレートする。
 作品にはただただ出来に圧倒され感動した。しかしそれと同時にどうしてこの作品にお金を支払うことができないのだろうとも思った。
 掲載されていたホームページはその時点では、どこからもリンクがはられていない状態だった(現在ははられております)。どういうことだろう。有料作品として課金されているわけでもない、無料公開作品として上げられているのでもない、実に宙ぶらりんな存在となっていた。作者と佐渡島康平のコルクとの間に何があったのだろうか。いろいろと推測することは可能だが、どれも推測の域を出ない。実は2017年の夏に佐渡島康平と会って話を聞く事ができる機会があったのだが、結局すれ違いもあって実現することができなかった。ただ会って話を聞いたところで実際にはなんの役にも立たなかっただろう。
 今回の原稿を書き始めるにあたって、作者の作品リストを作成した(前編に掲載)。デビュー前後に不明点が多いので、作者にその点を確認するためメールを送った。
 しかし「覚えていません。適当にどうぞ」と返事が来た。
 多分それは覚えていないというよりも、思い出したくもないということなのだろう。
 こんなとき自分は何だかすごく余計なことをしているんじゃないだろうかと思ってしまう。確かにこんなことを根掘り葉掘り書いたところで、作者にとってなにひとつメリットなんかないのだ。
 でも、それでも自分は他の誰かに対して、こんな面白いマンガがあるんだよと伝えたくて仕方がないのだ。
 もしこの文章を読んで、この作者に興味を持った方がいれば、インターネットで”舞う竜の記憶”と検索してみて欲しい。マグネットというサイト上で無料で作品が読めるはずだ(2018年6月現在)。
 今作者に対してできることは、作品を読み、その名を記憶し、そして出来れば過去の作品を購入することしかないのだと思う。
 1995年以降、雑誌の売上が減少しそれと同時に作家に対して見合った対価を支払ってマンガを掲載できる場所がどんどん縮退してしまっている。
 これだけのマンガをそれに見合う対価の支払をして載せる場所がどこにも失くなってしまったと考えるのは、とても寂しいことだ。


 

 

東京都公安委員会許可第301020205392号 書籍商 代表者:藤下真潮